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をぢさんっ★ 2003.2.9

をぢさんっ★のよもやまっ!2

「プロレスと演出」

まいどっ、をぢさんっです。
現在(03年1月現在)MARS掲示板では、「なにをいまさらプロレス八百長論談義」が砂金代表とura氏の間で盛んに行われているのですが・・・

プロレスファンが「八百長」という言葉と戦って久しい昨今、いまさらのように沸いて出てきた「プロレス八百長論」についてはuraくんの方から寄稿されるそうですので、僕としては彼の意見を読ませていただいてから、じっくりと又、寄稿したいと思っています。

しかーし、放っておくのも芸がない
今回は、その辺をふまえて「プロレスと演出」について考えてみたいと思います。

MARSには、何名かプロと呼べるメンバーがいました・・・。
・・・おっと「いました」ではなく現在、現役としてプロフェッショナルのリングに立っているメンバーもいますね♪


それはボクシングであったり、プロレスであったりキックであったりするわけですですが、たとえそれが、どんな競技であろうとプロフェッショナルとアマチュアの違いは「お客が金を払って試合を観戦する興行」という一点にあると僕は考えています。


勿論「僕等、ビンボーで会場費も払えないから入場料で会場費をまかなうんだもんね」という有料のアマチュア大会というものもあるでしょう。
しかし、それは決して「興行」ではありません。
「興行」とは「観客(お客さん)」が、金を払って観に来て「ああ、面白かった」もしくは「よぉし。もう一度、観に来よう」と思えるものでなければならないという、大前提が存在するからです。

演出なくしてプロとは言わず

僕の持論は「興行に『演出』がなくてはプロとは言えない」というものです。
これを読み違えてほしくないのですが、「演出」とは「八百長」とはまるで違うものであるということです。

ここで言う「演出」とは興行の意図を達成するように、「お客さんに喜んでいただく」ものであるということです。

僕は以前、テレビ業界の仕事をしていた事があるのですが、テレビ業界では「ヤラセ」という言葉が前述の「八百長」と同じニュアンスで使われる事が少なくありません。


「フィクション」と「ドキュメンタリー」は表と裏に例えられるようにまるで性格が違うものです。
「フィクション」はドラマ・バラエティなど視聴者を楽しませる事を前提とした「演出」が中心となっていて、それは視聴率にダイレクトに跳ね返ってきます。
それに対し「ドキュメンタリー」は事実を判りやすく視聴者に伝える「演出」をして初めてニュースなどは成り立つのです。


よくドラマの中でニュース番組のディレクターが
「このニュースは暗い話題だから社会枠の後にして、こっちは文化枠に入れて・・・、えっとこの街中のにわか雨の絵(映像)は去年の夏休み最終日の絵を使って・・・。それから・・・、お〜い!現場!その後ろの看板!『痔でお悩みのあなた・・・』て薬局のヤツ!隠せ隠せ!今日のニュースソースはカルガモの引っ越しだぞ!
かわいらし〜く、愛らし〜く 撮らねーと頭カチ割るぞ。このタコ!
・・・よ〜し。渡り始めたぞ!おい!そこAD!救急車止めろ!サイレン止めさせろ!
カルガモの子供が驚くだろーが!なに?事故?知らねーよ。そんなの。
あ〜?!撮りそこねた〜?お前、何年この業界でメシ食ってんだよ!しょうがない。
カルガモ捕まえてきて、もう一度、道路渡らせよう。
ん〜?「ヤラセ」だぁ?バカかお前。これは『演出』だよ。『演出』!」


・・・んなトコまで行くと、ちょっと行き過ぎ。現実はそこまでひどくないけど。
ニュース番組で、この調子だと、ドラマなんかは
「よぉし。つぎ、『一方的にライバル視している健太に先輩ヅラしてメシをおごってやる』場面行きまぁす。
おい!誰だ食卓の上に《網の素のマヨネーズ》置いたヤツは!この番組のスポンサーがキューP 食品だってわかってんのか!?そんじゃ、主役の俳優がさりげな〜く《キューPマヨネーズ》を使う場面入れるぞ。
え?食事は刺身定食だからマヨネーズ使う料理がない?
刺身にマヨネーズかけて食わせりゃいいだろ。いいんだよ。マヨネーズ使うトコが『演出』なんだから。主役をマヨラーだって事にしときゃいいだろーが。なに?設定が違う?アホか。お前 知らねーのか『スポンサーは神様』っていうだろ。
俺の演出でスポンサーがガッパガッパついてくるのは、こーゆー涙ながらの努力があっての事なんだぞ。ボーケ。」
こんな感じかな?
でも、奇しくも神様って言葉が出てきたけど、『お客様は神様です。』ってプロレスにも言える言葉かも知れないですね。

で、亡くなった小説家でもともと構成作家だった景山民夫氏が言ってたんですけど、
「ニュースやドキュメンタリーでも、絵(映像)はどれが効果的かを選んで使うだろ?選んだ段階で、もうそれは『演出』が入ってるんだよ。でもな?視聴者に判りやすい・見やすい番組を提供するために『演出』は欠かせないんだよな。
いいか?『ヤラセ』って言葉を『演出』って言葉に置き換えて考えてみな?日常で放映されている番組はフィクションでもノンフィクションでも報道でも娯楽番組でも『演出』が100%入ってるだろ?『ヤラセ』じゃなくって『演出』なんだよ。つまり『演出がなかったら、テレビじゃない』んだよ。」

・・・って、テレビ業界の事をつらつらと書き進めてきましたが、これはそのままプロレスに当てはめて考えるのはちょっと危険ですねー。(^へ^;)

でも「視聴者に判りやすい・見やすい番組を提供するために、『演出』は欠かせない」と言うのは、なにか似ている・・・かな?

演出と言えば、僕がまだ小さかったころ、神社の境内で自分の二の腕に刀を当てて、傷口から流れる血を、自分の持参した軟膏でピタリと止めてみせる。というガマの油売りがいましたが、あれは薬が効いたのでしょうが、売人の演出としての自分を傷つけて物を売るというテキ屋独特の意気込みみたいなものが、客の財布のひもを開かせたんじゃないかと思うのです。

「お客にプロレスラーの身体の頑丈さ・身体能力の凄さを見せる」ため、説得力のあるデスマッチを選んだ大仁田は「プロレス界のガマの油売り」と言えるかなと思います。
逆に「判りやすい・見やすいものでもなくてもいいから、プロレスラーが如何に強くて、日々練習をしているかを、お客に見せる」スタイルを考えて、道場の練習風景をそのままリングに上げてしまったのがUWFだったのではないでしょうか。

そしてそのスタイルの違いから、「ショー(エンターティメント)スタイル」とガチガチの「UWF(格闘)スタイル」の分別をされてしまった(ホント。燃えるゴミと燃えないゴミくらいに正反対に分けられちゃいました。)が、どちらもやはりプロレスなのですね

当然、ファンもその辺のところはちゃ〜んとわきまえてて、「UWFスタイル」を観にくるファンは「今までのプロレスとは次元が違うんだ。ロープに振ったり、空中殺法なんて『ショー』と一緒にして貰いたくない。」とか言ってたりして。
でも昔からのファンは「道場の練習って、プロレスラーなら誰でもやっている事でしょ?さも大変なことのようにリングでやるもんじゃないんじゃないの?」と応戦する・・・。

僕は前から気になってたんだけど、な〜んか『UWFスタイル』のファンは『ショースタイル』のことを低く見がち・・・っていうか見下している気配があるんじゃないかなーと思います。
生前、ジャイアント馬場さんが、「ジャイアント馬場の自宅には地下練習場があった!」っていう記事に対して
「別に隠してたわけじゃないけど・・・。世間に練習してますってお見せするのも・・・ねぇ?練習するのは当たり前じゃない(笑)プロなんだから・・・。何もしないでリングに上がれるわけないだろ?・・・プロなんだから・・・。」
と言ったのがスッゴク印象に残っています。


一般的には
「UWF=格闘プロレス=痛そう/大変そう=練習してそう」という図式と
「全日本=ショープロレス=軽そう/楽そう=練習してなさそう」という図式が出来上がっていて
「ジャイアント馬場は全日本の中でも特に動きが遅〜〜いし、年齢も還暦を迎えているのだから、練習しているわけがない・・・。」
と誰もが思い込んでいたのに、「地下練習場」で練習していて、それを隠してる・・・。
「ああ・・・。プロレスラーは誰でも練習を欠かさないものなんだ。すごいなぁ」
と単純に感動してしまいました。(^_^;)

プロレスに演出は付き物だし、プロレスを観るものとしてとらえていくと、デスマッチなんかはスッゴク痛みの伝わる極みだと思うし、UWFスタイルは自分でやってみたくなるという意味では身近に感じられるプロレスだと思います。
そして演出は、どちらのスタイルであろうと、われわれ「お客」に判りやすくするために欠かせないものだと考えます。

あなたはどっちを観てみたいですか?やってみたいですか?

(-_-;)…僕個人としては、どちらも好きですが蛍光灯と画鋲と爆破関係は痛そーなので自分がやりたくはない・・・、でも「UWFスタイル」ならMARSでやってるじゃん?
え〜とっ・・・。最近は筋力と柔軟力とスタミナの衰えと社会的立場と家庭内立場と経済的なものと気力の衰え(え〜?更年期障害?イヤー!!(*o*;)…から練習もままならなかったワタクシですが、今年は「オヤジの逆襲」を目指し、練習に参加していくつもりでいます練習日に見かけたら気軽に声をかけて下さいね

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