お気楽格闘技サークル 草格斗技塾MARS
home > 草格斗技通信 > すなけン「君は何に乗る?」

すなけン 2001.4.10

君は何に乗る?

昔、私がまだ中学生のころ音楽の先生 が言っていたことをフッと思い出しました。
その頃は気にも留めなかったのですが今思えば良い事言ってるなぁと思います。

おっかない先生

その先生は国際的にも活躍している指揮者でした。
年に1回(だったと思いますが何分昔の事なので記憶があいまい)ブラジルまで招かれ音楽祭のようなものに出ていたと記 憶しています。
自分にも厳しくちょっと神経質そうな感じの先生です。そんな人なので学校の中でも体育の先生以上にオッカナイ存在でした。

なにせ授業に竹刀を持参し、ピアノの上に竹刀を置いて授業してましたから。音楽なのに(^_^;)
ビンタされる生徒なんか当たり前のようにいました。ひどい時は机に立てる木製の譜面台で脳天を真上から殴られました。これがいったいのなんの(T∩T)

名言

その先生は毎朝自転車で登校してきます。(結構遠いところから来てたと思うのですが…)
ある時授業中に「なんで先生は遠いのに自転車で来るの?車で来れば楽なのに」という話しになりました。
なんでなったのかはまったく覚えていませんが、その時の先生の答えが名言なのです。
『車で来ればたしかに早い。でも遅くても悪い事ばかりじゃないんだよ、 車より自転車、自転車より徒歩、時間は掛かるけれど速度が早いと気づけないものに気づく事ができるんだよ。どちらを選ぶかは自由だけど先生は遅い方が好きだ。』
といった感じだったと思います。


今思えばただ車がなかったんじゃないか?とも思いますが、音楽家らしい感性を大事にした生き方なんだと思います。

他のことにも通じる言葉

良い言葉でしょ?(^_^)でもこれって格闘技やスポーツの上達、はたまた生き方にも共通するんじゃないかなぁ?
すぐ上達する子より時間をかけて上達してくる子の方がよりたくさんのもの(挫折感や達成感)を感じながら上達していく。選手としては勿論、指導者としても 大成するのもこう言ったタイプの子なんじゃないだろうか?なんて考えたりします。
勿論早く上達するのも良いことです、才能があってどんどん上達できるのはとっても羨ましいです。
でも、上達の遅い子だって悪い事じゃないなぁ〜、とこの言葉を思い出して自分を戒めました。
君は何に乗りますか?(^_^)

武道(格闘技)への応用

最近の武道や格闘競技者で考えてみます。
格闘技といわれるものは競技として発達してきたモノなので良いと思うのですが、武道として考えると今の強さの基準というのはいかがなものか?と思うので す。


例えば空手、いわゆるフルコン系(もちろん伝統派にも問題あり)。強くなったと感じる事ができるのはスパーリングしたり試合をしたりするのが一番早いで しょう。


しかし今求めている方向性というのはスポーツ的な強さではないでしょうか?

もちろんそれを競技として楽しむ事には問題ありませんが、このやり方では体が大きく筋肉の発達した欧米の人には太刀打ちできません。
それは今の空手や柔道等を見ればあきらかでしょう。

 型

本来の武道はそんなに浅いものではないはずです。
では何が必要なのでしょう?
それはスパーリングに励むのと同じ位『型』を重視するということです。
よく『型』なんか今の時代に役には立たないと言う意見を聞きますが果たしてそうでしょうか?
それは型の意味を取り違えているのではないでしょうか?


型はそれが即実戦に使えるというものではなく、武道的体使いを発見し覚えこませるものなのではないでしょうか?
私はそう思っています。

昔の達人と言われる人達の動きを大袈裟だとかインチキだと思っているようでは理解できないと思います。
しかし、『型』によって動きの質を変えれば十分可能なことだと私は思います。


空手に限らず合気道も良く批判されますが、先ほど申したように合気道の練習の型をそのまま実戦で使おうとするから無理が出るのです。
型によって、その武道特有の体使いを知ればおのずと闘い方も変わってくるはずです。

先ほどの先生が言っていたように、手っ取り早い目先の強さ(のようなもの)を求めるのも良いけれど、ゆっくりいろんな発見をしていくのも大事な事なんじゃ ないかなぁ〜というお話しでした(^_^)
注:私の武道論(そんな大袈裟なもんじゃないけど)を話し ただけで、 MARSのコンセプトとは一切関係ありません。MARSは楽しむことが第一です!

草格斗技通信へ戻

トップページへ戻る